二人で階段を降りると、おばあさんが私達を出迎えてくれた。
「晩ご飯でも食べていくかい?」
「あ……でも、すみません。今日はちょっと……」
結局そのお誘いは、断るしかなかった。
「そうかい?」
「無理言っちゃ駄目だよ」
トルティニタさんは、何事もなかったかのように明るい声で続ける。
「今日は用事があるんだって。ね?」
「は……はい」
考えたいこともたくさんあったし、泣き明かした酷い顔を見せ続けるわけにもいか
ない。今はまだ気づかれていないみたいだったけど、それもいつまでもつか。
トルティニタさんだって同じような顔をしていたから、もうとっくにばれているの
かもしれないけど。
大丈夫、と私の耳元で囁く声が聞こえる。顔を上げ、彼女の顔を見る。
「じゃ、そこまで送ってくるから」
「はい、いってらっしゃい。リセルシアさんも、またいつでも遊びに来てね」
「あ……あの……はい」
許されるのなら、本当にそうしたかった。でもそれは、トルティニタさんのほうが
嫌がるかもしれない。でも本当に……あと一度くらいなら許されるんだろうか?
例えば私の話をするときにでも。
「はいはい、もう行くからね」
「もう、お前はいつも人の話を最後まで聞かないで」
「いってきまーす」
その、不自然なくらいに明るい声と共に、私達は外に出る。ドアのすぐ前で立ち止
まり、彼女は空を見上げた。
辺りは、少し薄暗くなっている。だいぶ話し込んでいたから、それも仕方ないだろ
う。
「大丈夫だよ。おばあちゃんは……ちょっと目が悪いから、気づいてないよ」
私が思い悩んでいたことを正確に言い当て、彼女は少し笑った。
「……そう、なんですか?」
「うん。それでちょっと、助かってる部分もあるんだ。って、関係ない話だったね」
軽く伸びをして、それからもう一度彼女は私の手を握った。
「今日はありがとう。おばあちゃんじゃないけど、もし良かったら、遊びに来てね」
もう、トルティニタさんの声に悲しみが混じることはなかった。いかにも平然とし
た様子で、ドアの向こうへと消えていく。
その背中を見送り、それが嘘だったとすぐにわかる。後ろを向く直前に見たトルテ
ィニタさんの素顔。もう、どんな表情も作ることができないみたいだった。
私は言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。そしてただ一つ、心の中で誓った。
――クリスさんのことは、私が守ると。それは、不遜過ぎる思いだった。私なんかに、本
当にできるだろうか? でも、しなくちゃ駄目だ。
今までずっと、私はクリスさんに助けられてきた。私はクリスさんと出会って、この学院
に来てから初めて幸せな時間を過ごすことができた。
一人で歌っていた時には得られなかった、本当に幸せな時間を。
「クリスさん、トルティニタさん。そして――」
私は最後にアリエッタさんの名前を呟いたが、彼女の心だけが、分厚い雲に覆われた空
のように、知る術もなく、わからなかった。
それでも私は、その三人に、必ず守ると誓ったんだ。
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